Jun 25, 2010
カードローンの危険性について
カードローン。すぐに現金がなくても、ましてや金額がなくても、こと肉、魔法のカードである。しかし、判断力なしで使用していれば、当然、買っているものは値段があるからすべては支払いですねば内部である。そのため、調子に乗ってか、浮かれ気分で買い物をすると、その後にカードローンのために、非常にヌンエイトオてしまうのである。ゴールドカードのデザインを比較しているサイトを発見しました。ゴールドカードは、およそ誰もが同じような設計かなと思っていたが、比較サイトで見ると、かなり様々なデザインがありました。色はゴールドではないゴールドカードもあり、地球を大きくデザインしたカードもありました。カードデザインで選ぶタイプの人は、非常に存続するサイトですよ。
■変化する街の表情、鮮やかに
刻々と表情を変える街の夕暮れの一瞬を刻んだ近代日本版画の名作がある。昭和10年、24歳で行方不明となった群馬県館林市出身の版画家、藤牧義夫の「赤陽(せきよう)」だ。作者はほぼ無名といっていい。しかし、この「赤陽」は、近代版画を集めたほとんどの全集で、巨匠・棟方志功(むなかた・しこう)(1903〜75年)らの作品とともに掲載されているので、目にした人もいるだろう。
路面電車が走り、周囲にはビルが並ぶ。夕日は彫らずに、赤い彩色で表現されている。この「都市の風景」という主題に加え、三角刀で刻まれた鋭利な線の荒々しさとスピード感あふれる描写は、藤牧の作品によくみられる特徴だ。東京国立近代美術館(東近美)が所蔵しており、16日から群馬県立館林美術館で始まる「生誕100年 藤牧義夫展」で、7年ぶりに公開される。
「赤陽」をめぐっては、昨年、新たな解釈を示した評論が出されて、美術界ではちょっとした話題になった。東京・京橋でギャラリーを営む大谷芳久(よしひさ)さん(61)の著書『藤牧義夫 眞偽』(学藝書院)のことだ。
これまでは、「夕日が血のように染め、自殺ともいわれる翌年の藤牧の死の予兆がみえるかのようだ」と大手出版社刊行の版画全集で評され、悲壮感ただよう作品としてみられてきた。
大谷さんが反論する。「藤牧を調べると、決して貧しくはなく、普通の精神状態だったようだ。自殺する理由は見あたらないし、そもそも『赤陽』発表の翌年になぜ姿を消したのかも分からない。最後の絵となった『絵巻隅田川』という作品も線が生き生きとしていて力がある。だから、『赤陽』では今日も無事に1日が終わったという感謝の気持ちを、夕日に祈ったのではないか」
群馬県立館林美術館の松下由里(ゆり)学芸係長も「違う藤牧像が浮かび上がっている」と高く評価する。
実は描かれた場所についてはずっと謎だったが、今回の大谷さんの調査で、東京・上野の松坂屋の上層階から見た風景であることが判明した。藤牧は、ある美術雑誌の中で都市についてこう語っている。「その無限に新鮮な形態を思ふまゝに讃美し、且つこの近代的な都市美を形成するところの鉄を感じ、コンクリートの皮膚を感じ、更にギラギラと輝くガラスをながめて、その立体美にくひ入るのだ」。時期は昭和初期、関東大震災後から立ち直り、急激にモダンな都市へと変貌を遂げていく東京の様子に心をときめかして眺めたのだろう。
本紙で連載中の「語り継ぐ復興文化史」では、関東大震災当時の文化人らの復興への思いがつづられているが、藤牧もこの「赤陽」に、同じような気持ちを込めたのではないだろうか。
夕日は、関東大震災から都市が復興する希望の光に思えてならない。(渋沢和彦)
■「創作版画」の手法定着
藤牧義夫が制作した創作版画とは、複製を目的とせず、絵師、彫(ほり)師、摺(すり)師の役割をすべて一人で行うもの。江戸時代に流行していた浮世絵などの版画は下絵、彫り、摺りが分業で行われ、歌川広重(ひろしげ)(1797〜1858年)、葛飾北斎(かつしか・ほくさい)(1760〜1849年)といった人気絵師によるすぐれた版画を生み出した。
しかし、明治時代になると、芸術性やオリジナリティーを高めるために、版画家がすべてを行う創作版画運動が起きた。明治37年、雑誌「明星」に掲載された洋画家で版画家の山本鼎(かなえ)(1882〜1946年)の「漁夫」がその記念碑的作品とされている。同40年には、山本らによって雑誌「方寸」が刊行され、非実用性や芸術性を打ち出し、創作版画の普及に努めた。戦後は棟方志功や版画家の池田満寿夫(ますお)(1934〜97年)らの登場で創作版画は一般的なものとなり、「創作版画」という名称は今ではほとんど使われなくなってしまった。
【プロフィル】藤牧義夫
ふじまき・よしお 1911〜1935年?。群馬県館林市生まれ。創作版画の分野で活躍した木版画家。16歳で上京し、働きながら独学で木版画を学んだ。震災で復興する都市の町並みを好んで描いた。昭和8年の帝国美術院展覧会(現・日展)で入選。行方不明後には忘れられた存在だったが、昭和53年の遺作展で注目された。
【ガイド】
藤牧義夫の作品・資料約100点で構成する「生誕100年 藤牧義夫展」は、群馬県館林市の群馬県立館林美術館で開催される。会期は16日〜8月28日。月曜休(18日、8月15日は開館)、7月19日休。午前9時半〜午後5時。問い合わせは、同美術館(電)0276・72・8188。一般500円。31日には記念トークセッションが行なわれる。
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