Dec 27, 2009
海外旅行保険のすすめ
海外旅行保険の加入は必須といって良いほど重要です。日本はサービスや治安のよいのための国内旅行と同じように海外に行くの問題の多さに並行することも。そんな時に少しのお金を安心に住んでいる場合、海外旅行保険に加入することをお勧めします。歩いて捨てタイプの保険もあるので、頻繁に海外に行くことができない方もお気軽に申し込むことができます。会員制リゾート会社といえば、一般的に、リゾート的な雰囲気がある地域でのみ展開されていないと思われるかもしれませんが、実際には様々なところに会社が存在しているようです。その中には、全国的に展開している会員制リゾート会社もあるようですので、規模を選択するか、地域から選択するなどでお悩みでしたらこのような点を考慮してもいいですね。
農林水産省が2011年産米の放射性セシウム濃度の検査方法を公表したことを受け、宮城県は4日、県内35市町村のうち13市町で収穫前の予備検査を行う方針を固めた。福島県は県内59市町村のうち作付けをした全48市町村を対象に予備検査を行うと発表した。
予備検査は土壌1キログラム当たりのセシウム濃度が1000ベクレル以上か、空気中の放射線量が平常時(毎時0.1マイクロシーベルト)を超えた市町村が対象。宮城は8月末〜9月初旬、福島は9月8日に着手する。
宮城県内の対象は、国が提示した白石、角田、栗原3市、七ケ宿、大河原、村田、柴田、丸森、亘理、山元7町と、県が独自に実施を判断した気仙沼、大崎2市と加美町。
国提示分は文部科学省が6月に行ったモニタリング調査などで、空気中の放射線量が基準を超えた市町。県分は7月に範囲を広げて実施したモニタリングで基準を超えた。宮城県が6月に実施した土壌汚染調査で基準を超えた市町村はなかった。
福島県は8月下旬に販売が始まる早期出荷米については、全圃場で計約200サンプルを検査。1キログラム当たり500ベクレル以下の水田からのみコメの出荷を許可することとした。
収穫後の本検査について、両県とも予備検査でコメ1キログラム当たり200ベクレルを超えた市町村を重点調査区域に指定する。作付面積約15ヘクタールごとに濃度を測定し、福島県は国が示すサンプル地点数を倍にし、2点で調査する。
宮城県は200ベクレル以下だった場合と、予備検査をしない21市町村(作付けのない女川町を除く)を、昭和の大合併以前の旧市町村195ごとに1カ所以上検査する。
福島県も200ベクレル以下だった市町村を旧市町村ごとに調べる。サンプル数は2点ずつとした。本検査は9月15日に開始する。
両県とも、本検査でコメから500ベクレルを超える放射性物質が検出された際は国の基準に基づき、旧市町村単位で出荷自粛を求める。
東日本大震災の津波で、東北の太平洋沖に設置された衛星利用測位システム(GPS)波浪計や沿岸部の潮位観測施設が壊れ、潮位変化の観測に支障を来している。余震と津波への警戒がなお必要な中、自治体の防災担当者は「万一の際、初動が遅れかねない」と早急な復旧を要望している。
GPS波浪計は2006年度、国土交通省が運用を始めた。沖合約20キロに設置し、海上のブイの動きを陸上の基地局に送って波の高さ、周期を割り出す仕組み。沿岸到達の約10分前に津波をキャッチできる。
データは気象庁などが活用し、東日本大震災でも大津波警報の予測波高を「宮城で10メートル以上。岩手、福島で6メートル」に引き上げる目安の一つとなった。
ところが、震災被害により、青森―福島の太平洋沖に設置されたGPS波浪計は、陸上基地局の通信回線寸断などで7カ所全てが故障した。4日までに復旧できたのは、宮古沖、気仙沼沖、金華山沖の3カ所にとどまる。
岩手、宮城、福島の3県に津波注意報が出され、大船渡、相馬で10センチの津波が観測された7月10日の地震でも、気仙沼沖、金華山沖以外からは潮位変化のデータが届かなかった。
陸地の検潮所なども同様に被災した。気象庁、国交省、国土地理院、海上保安庁が東北の太平洋側沿岸に設置した潮位観測施設12カ所のうち、八戸、久慈、釜石の3カ所が現在も故障している。
GPS波浪計、潮位計の両方が使えない久慈市や釜石市は現在、津波が発生した際、波の高さを把握するすべがない。久慈市消防防災課は「住民に避難を呼び掛けるにも、目安がないと困る。一刻も早い復旧を国に求めている」と説明する。
国交省は「台風シーズンの秋ころまでにはGPS波浪計を直したい。将来の増設も検討している」と説明。気象庁も「検潮所は年度内には復旧する見通しだ」と語る。
東北大災害制御研究センターの今村文彦教授(津波工学)は「余震と津波発生の確率は依然高く、津波観測と警報システムは重要だ。GPS波浪計や検潮所が機能しない状態だと、正確に津波の姿を把握するのが難しい。観測機器の早期の復旧と拡充が欠かせない」と話している。
初の外国人芸者紗幸さん(芸名)が4日、岩手県釜石市の最後の芸者藤間千雅乃(本名伊藤艶子)さん(84)が暮らす同市の仮設住宅を訪れ、着物と帯を贈った。
伊藤さんの自宅は津波で全壊、着物などの商売道具もほとんど流された。被災状況を報道で知った紗幸さんは、面識はなかったが「(芸者にとって)着物は仕事着であり財産」と、紺色と黄緑色の着物2着と帯を手渡した。
震災後初めて着物に袖を通した伊藤さんは「感触、思い出す」と感慨深げ。「これを着て踊りたいね」とうれしそうに踊るまねをした。「モノは流れても私の芸は流れない」。米寿まで現役を続けられることを望んでいるという。
紗幸さんは、母国オーストラリアから15歳で留学生として来日し、慶応大などを卒業。テレビのプロデューサーとして国内外メディアの番組に携わる一方、芸者に憧れ、2007年にその道に転身した。
この日贈った着物は紗幸さんが3月に東京に開いた着物店のもので、「幅広く使えるように」と伊藤さんに似合う色を選んだという。
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.