Apr 09, 2010
姑の願いは、土壁の注文住宅
建築の三十年されている注文住宅。この家を建てる時に一番お金をかけないのは座敷。庭に面したカンヌ幅の廊下が両方の方向で。簡単ですが、床の間の幅は中。車も造られる。壁は、古風な土壁。建てた頃の土壁に比べて比較的であることがリフォームのときに現われた。すべてのことは、姑の希望を取り入れたものだが、問題は土壁。雨が降り続くと、座敷がフンゴンヒする。床の間版にはうっすらとカビが生えているものもあった。土壁が湿気を吸っているのではないか。せっかくの注文住宅、外観だけでなく、品質にもこだわりたい。外壁塗装をしっかりとしていましょう。かなり忘れやすいことが多いです。建物を維持するためには、5年に一度は外壁塗装をする必要があります。外壁塗装をして、以下の材料の劣化防止への接続を引っ張っては、建物自体の寿命を延ばす効果があるのです。実際には基材が劣化した後にはまた後の祭りです。
琉球舞踊の玉城流琉扇會の故・平田行正宗家の追悼公演「琉扇に思い込みて」が12日、国立劇場おきなわで行われた。平田宗家の息子で二代目家元の平田智之は抜粋を含む組踊2題に出演した。このうち「大川敵討」では平田宗家が得意とした間の者役が登場する場面の抜粋に挑戦し、父の芸風継承へ意欲を感じさせた。また、宗家の創作舞踊を門下生らが披露し追悼公演にふさわしい舞台となった。
公演は平田宗家の遺影を掲げ厳かな雰囲気の中、琉球古典音楽斉唱「じゃんな節」で幕開け。
「万歳敵討」は謝名の子役で平田智之が出演した。平田、具志堅朝堅は踊り子に身をやつして父の敵に近づく兄弟を演じた。全体としては息の合った唱えや所作・踊りを見せた。高平良御鎖(うざし)役の島袋光晴も兄弟と敵討ちに合う覚悟を決める様子などを巧みに演じた。
対談「平田行正師を偲(しの)ぶ」は崎間麗進、喜舎場盛勝の両氏が平田宗家の人柄や芸を語った。崎間氏は平田宗家に関し「師匠の玉城盛義先生の技を十分に受け継いでいた。(平田宗家の)女踊りは盛義先生を思い出した」、喜舎場氏は「小道具作りにも力を入れていた」などと振り返った。
「大川敵討」の抜粋「村原と泊の場」は大川按司の忠臣・村原(宇座仁一)が通行人・泊(平田智之)の話を聞き、敵の様子を知る場面。泊役の平田は独特の言い回しで場面をつなぐ間の者に挑戦した。平田は宇座との掛け合いをユーモアたっぷりに演じた。笑いを誘う唱えや所作では舞台を重ねる中で、さらに味わい深さが増すことが期待される。
他会派から玉城節子が「かせかけ」、玉城秀子が「加那ヨー」、金城清一が「護身の舞」、谷田嘉子・金城美枝子が「仲里節」を踊った。平田宗家と共演してきた玉城流の各家元らが舞台に花を添えた。
平田宗家の創作舞踊は門下生たちが「琉扇の舞」「月の浜辺」などを踊った。
脇役ながら組踊の魅力を深める間の者役の育成や創作舞踊など、平田宗家の芸風の継承に期待したい。(古堅一樹)
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ビザなしロシア側第1陣(アレーシヤ・スカレポワ団長ら50人)が14日、根室市根室港からチャーター船で帰途に就いた。会見でセルゲイ・ポノマリョフ・サハリン州国際対外経済関係地域間交流委員会副委員長(60)は「(北方四島での)共同経済活動こそ正常な両国関係を作る」と述べ、日本に水産物や鉱物資源の共同開発などを改めて促した。さらに「根室と古釜布間で定期的なビザなし航路を就航させれば、根室にもお金を落とせる」と提案した。
一行は11〜16歳の青少年が中心で、京都市を6泊7日で訪れた。【本間浩昭】
6月15日朝刊
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札幌に夏の訪れを告げる北海道神宮例祭「札幌まつり」が14日、3日間の日程で始まった。宵宮祭の14日は北海道神宮本殿でひょっとこ踊りや北響太鼓、ジャズコンサートなどが開かれた。中央区の中島公園には露店465店が軒を連ね、家族連れや若者らでにぎわった。
16日はハイライトの「みこし渡御(とぎょ)」が行われる。132回目の今年は初めて出発地点を変更し、ダイエー東札幌店(札幌市白石区)を午前9時45分にスタート。みこしや山車とともに平安朝の狩衣(かりぎぬ)や白装束などをまとった約1600人が約1.3キロの行列となり、市内中心部を経て北海道神宮まで練り歩く。東日本大震災義援金のさい銭箱も4箱用意する。【中川紗矢子】
6月15日朝刊
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◇「一日も早く安全な場所へ」 津波で被災「様似ソビラ荘」、68〜100歳計60人が生活
東日本大震災で津波被害を受けた様似町の特養ホーム「様似ソビラ荘」が15日、町に対して高台移転への支援を要望する。今回の津波では迅速な避難が奏功して人的被害はなかったが、標高約2メートルの海沿いにあり、いつ同様の被害に遭うか分からない。職員は「一日でも早く安全な場所に移って、利用者の生活を守りたい」と訴えている。
かつてない被害と、長期間の避難、入居者が抱える不安−−。「行き着くところは移転しかない」。施設長の木原秀明さん(60)は、住み慣れた「終(つい)のすみか」を捨てる決断に、苦渋の表情を浮かべる。
ソビラ荘は平屋建てで、89年、町の補助金を受けて建設された。三方を海に囲まれた埋め立て地。周辺地域の活性化のために、この場所が選ばれたという。
3月11日。地震発生直後に津波警報が出されると、非番の職員も含めた約50人が施設に集まり、入居者の避難に取り掛かった。入居者は68〜100歳の60人。自力生活ができない「要介護度4」以上が約7割を占める。職員が手分けして車に乗せ、高台にある寺院を目指した。最後の職員が施設を離れたのは午後3時25分。大津波警報に切り替わり、町が避難指示を出すよりも5分早かった。
約150メートル離れた東側の漁港から津波が襲いかかったのは、その直後だ。駐車場にあった職員の車24台が次々と流され、建物内も胸の高さまで浸水。ボイラーは水没して故障した。木原さんは「避難指示を待っていたら間に合わなかった」と振り返る。
入居者は町内や近郊の施設に移ったが、慣れない生活に精神的に不安になる高齢者もいた。約1カ月後に施設に戻ってようやく落ち着いたが、津波への恐怖が消えない。
5月27日。運営する社会福祉法人は理事会で、高台移転を町に要望することを決めた。同規模の施設を造るには約10億円の費用がかかるという。それでも木原さんは「道内で被害が出た福祉施設はここだけ。利用者の生命を守るためには仕方がない」。町も「夜間に津波があったら人的被害も心配される」と前向きで、道などと調整しながら町議会に予算措置を諮る予定だ。【金子淳】
6月15日朝刊
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