Apr 19, 2010
HIDランプとハロゲンランプの違い
HIDランプは、ハロゲンランプの約3倍の明るさです。また、寿命はハロゲンランプのなんと5倍の消費電力は半分です。 HIDランプは光束が大きく、大規模空間の照明に適しているため、最近では、自動車のヘッドライトに使用されることが多くなっています。このようなHIDランプですが、唯一の欠点は価格が高くなります。年を取るにつれて若干のが気にしたり、面倒に立って与えたいと思わないことがあります。電球の交換もそうだし、高い場所なので、危険なことかあります。 LEDに交換すると寿命が電球タイプだと約13倍以上、蛍光灯タイプの場合、約3〜6倍以上にもなるので、LEDに一回交換すると、残りは大部分を交換する煩わしさがありません。
【西井禎一のネット裏談義】大リーグからの日本球界復帰組の影の薄さがどうも気になる。今季、レギュラー戦力になっているのは楽天の松井稼、ロッテの井口と西武の石井一ぐらい。その松井稼、井口も打率2割5、6分台を行ったり来たりで、石井一も6勝8敗と黒星が先行している。
楽天の岩村、横浜の中村は代打要員としてベンチを温めることが多く、横浜の大家などは開幕から6連敗中で、いまだに未勝利。昨年は正捕手としてチームに貢献した阪神の城島も左膝手術の影響で、今季中の戦列復帰が絶望となっている。
確かに年齢的なこともあるのだろうが、あこがれだったメジャー選手になれたことで燃え尽きてしまったのか、それともこれまでの実績が通用しないほど日本の野球がレベルアップしたのか。理由は定かではない。
しかし、関係者の間では選手の力量を見抜く米球界の「シビアな目」を指摘する声がある。早い話が大リーグからダメ出しされた選手には、多くの活躍は望めないというのだ。アジア人最多の「メジャー124勝右腕」の鳴り物入りでパイレーツからオリックスに移籍した朴賛浩も、今季限りの退団が濃厚となっている。
そういえば咋オフ、海外FA権を使ってメジャー挑戦をめざした小林宏の獲得に動いたメジャー複数球団は、あくまでもマイナー契約にこだわった。結局、合意にいたらず阪神入りの道を選んだ小林宏の今季の背信投球は想定内だったのかもしれない。
一部でインディアンスの福留、ドジャースの黒田、ブレーブスの川上らの日本復帰がウワサされているが、あまり“逆輸入”に頼らない方がいいような気がする。(運動部編集委員)
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日本競馬史上初めて無敗でクラシック三冠馬に輝くなどG1競走を7勝して引退した牡馬、シンボリルドルフが4日、千葉県成田市のシンボリ牧場で死んだ。30歳だった。圧倒的な強さを誇り、「皇帝」「七冠馬」と称され、日本競馬史上最強馬の一頭に挙げられていた。シンボリ牧場の和田共弘氏と野平祐二調教師が育て、全てのレースで岡部幸雄騎手が手綱を取った。
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【僕たちのプレーボール】
〈がんばれよ。ババアより〉
差出人は、石巻の沖合の網地島に住む阿部清子(85)。受け取ったのは、日本製紙石巻野球部のピッチャーで、孫の太田裕哉(23)。今年の「都市対抗」の予選前、手元に届いた手紙だ。
おばあちゃん子だった太田は、子供のころからよく船に乗って、網地島の祖母の家に遊びに行った。清子も、中学校のころからエースとして活躍していた太田をかわいがった。
網地島は、石巻から船で約1時間の小さな島。透明感のあるブルーの海に白浜が続く。気候も温暖で、シュロの木が異国情緒を醸しだす。東北のハワイともいわれる美しい島だ。
しかし、この島にも3月11日、津波は押し寄せた。
海岸からほど近い清子の家も1メートル50センチの高さまで浸水。耳の不自由な清子を近所の人たちが車に乗せ、山の方に逃げたおかげで命は助かったが、家は住めなくなってしまった。いまは島の総合病院にいる。
清子はいう。「夜でなくてよかった。夜だったらきっと死んでた。近所の方に感謝してます」
清子の娘で、太田の母、留美子(52)は「おばあちゃんと連絡が取れなくて、すごく心配した。そうしたらニュースで無事がわかってホッとした」と振り返る。「震災で家もなくなってしまったおばあちゃんのいまの唯一の楽しみは、裕哉の野球なんです」
8月下旬、秋田県で行われた都市対抗第2次予選東北大会に、清子ははるばる網地島から駆けつけ、バックネット裏に陣取って大声で孫の応援をした。
「うちの庭は割と広くてね、ボール遊びをするにはちょうどよかった。昔、裕哉がボールを投げて窓ガラスを2度ほど割ったことがある。わたしには孫が10人いますが、窓ガラスを割ったのは裕哉だけ。でもその腕が役に立っているんだね」。清子はマウンドの太田を見つめ、うれしそうな笑顔を見せた。
◇
日本製紙石巻硬式野球部で、地元・石巻市に生まれ育った選手は、内野手の山口功貴(23)、ただ一人だ。
山口自身は高台にある日本製紙の独身寮「南光寮」に住んでいるが、海に近い川口町の実家は津波の大きな被害に遭った。
いま、両親は市内の仮設住宅に住んでいる。
「地震の直後、遠征先の東京にいた功貴と電話がつながったんです。『無事?』って聞いてきたけど、こっちはそれどころじゃなくて」と山口の両親、俊彦(55)と良江(52)。津波が押し寄せてきたのだ。
俊彦はすぐに妻と娘を2階の屋根の上に押し上げ、ベランダから水位を見ていた。「近所の家が、家ごと流されていたし、車が3台、目の前をスーッと流されていった。大粒の雪が降ってきて屋根はつるつるすべるし、必死だった」
1階の天井まですべて水につかった。一家はしばらく2階にいたが、水道、電気、ガスはすべて途絶え、厳しい寒さが襲った。
「3日後、功貴が東京から帰ってきたんです。私たちに『温かいから』ってアンダーシャツやソックスを着せてくれた」と良江。
◇
仲のよい家族。山口が野球を始めたきっかけは、野球をやっていた俊彦の影響。幼稚園から小学校高学年まで柔道をしていたが、その後野球をはじめ、めきめき頭角を現した。
「無口な子だったのに、いまや、スタンドの私たちにも聞こえるぐらい、グラウンドでもベンチでも声を出している。たとえ試合に出なくても、ベンチで頑張ってる姿を見られるだけでうれしい」。山口は「本当はもっと家のこと、しなきゃいけないのに、父も母も野球に専念しなさいと言ってくれる。涙が出そうになった」と打ち明ける。
両親は秋田で行われた都市対抗第2次予選東北大会の応援に駆けつけた。試合に負け、都市対抗出場は逃したが、「功貴の次の試合を楽しみにしている」と二人は球場を後にした。=敬称略(亀岡典子)
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