Aug 22, 2010
快適なベッドの選択について
五年前に、スプリングマットレスを使用していましたが、たまたま滞在したホテルは、低反発マットレスを使用して、それに惹かれて、最終的に自分の家のベッドの下、メモリの低反発マットレスを購入しました。低反発マットレスは、体を支持してくれるのはもちろん、それだけでなく、私の場合、夫とダブルベッドなので、そうなれば相手の引き継ぎの振動も伝わっていません。おかげで、快適な眠りを手に入れることができた。ベッドの選択が重要であるということです。この革のソファは、1年に2回くらいは掃除やロショニングウルヘヤハギので、時間と費用がかかります。革製品は生物のように放置とは全く異なるものと低下いきます。一方、合成革のソファは、特に管理を必要としないことがほとんどです。このため、管理が容易です。しかし、革のようなしっくりした感じはありません。
ハンドボール世界選手権(スウェーデン、13〜30日)に出場する男子代表。3大会ぶりの檜舞台に気持ちを高ぶらせているのがエース、宮崎大輔(大崎電気)だ。昨季は日本人で初めてスペイン1部リーグ・アルコベンダスで活躍。最高峰のプレーを肌で知る29歳は、今年を「ハンド人生の勝負の年」と位置づける。世界選手権、その先のロンドン五輪予選を見据え、「世界の舞台を自分たちのものにしたい」と意気込んでいる。(聞き手、宝田将志)
−−昨季はスペイン1部リーグでプレーした
「1シーズンだったけど、ためになった。世界最高峰の選手と一緒にプレーできたことで、今まで以上にハンドを好きになったし、より深いスポーツだと感じた。一番変わったのは気持ち。プロリーグでは、誰がクビになるか、誰がレギュラーに入るか、そういうものの怖さがある。特にシーズン前の合宿期間だった最初の1カ月は、すごくそれを味わった」
−−苦労も多かった
「言葉の面とか。何を言っているかは分かっても、こちらからコミュニケーションを取るのは難しかった。ストレスで肌も荒れた。そんな中で自分からチームメートを食事に誘ったりして、気さくな奴だと分かってもらった。チーム練習の最後に『ダイスケが締める』と指名を受けて、変なことを言うのがお約束になった」
−−プレー面では
「100%じゃないと通じない。自分は攻撃専門だったが、向こうの守備は『来いよ』みたいにあおってくるし、ケンカになってつかみ合いもした。でも、それが自分には合っていたし面白かった。間合いの取り方とか距離感、守る技術がある。1歩の違い、リーチの違いは大きかった。そういう距離感からのシュート、タイミングを外すためにステップシュートを打ったり。通用するところを自分なりに作っていった」
−−リーグでは30試合中25試合に出場。得点はランキング中位の104点を挙げた
「100点を目標にしていた。もう少し行けたという思いもあったが、自分はできるという手応えもあった。最初は出場1、2分の扱いだったが、開幕5試合目に9点入れて、周囲の見方と態度が変わった。監督からは『お前はスピードがある。(途中から出て)空気を変えろ』といわれていた」
−−昨年6月に帰国したが、現状は
「スペインにいるときの方がうまかったな(笑)。今よりシュートやフェイントは速かった。現状は悪くないが、相手に合わせている部分が今季前半はあったかなと反省している」
−−復帰した日本リーグはどうか
「日体大時代に休学してスペインに行ったとき、一緒に練習してフェイントを教えたサイドプレーヤーが、スペインのスター選手になっていた。ジュニア世代では日本人の方がうまい。技術、1対1のキレはある。この8年間で差が出たのは、やはりトップリーグの違い。日本リーグをやっている実業団が強くならないといけない。勝ってナンボだと思うし、勝ちにこだわらないといけない」
−−所属したアルコベンダスは9位で、チーム史上最高の成績だった
「スペインでは全16チーム中、15、16位は入れ替え戦になる。その戦いの中で、個人が意識を持たないといけない。自信を持ってプレーするというか、個人を見せていかないと。まずは自分の前をどう攻められるか。スペインでは、最後の勝負どころでは、みんなが『おれにパス出せ』と言ってくる。それで外しても『おれの前のプレーが悪い』とか、『おれが外したんだから、お前らでも外していた』とか平気で言っている」
−−そういう経験を積んでいただけに、1シーズンでの国内復帰が惜しまれる
「監督からは『もう1シーズンいるんだろうな』といわれたし、オーナーも『来年は車をつけるぞ』と言ってくれた。でも、向こうに行っているときに代表の試合に途中から参加して、新しく入った選手とプレーの面でしっかりコミュニケーションを取れなかった。高いレベルでやっていたからこそ不満が大きかった。代表も僕も、チームプレーをもっとできると思った。僕で負けたといわれても仕方ない試合ばかりだった。お互いどう動くか知ることができていなかった。それが合わない悩みは大きかった。それは僕の責任。そういうのがあって、『帰んなきゃいけないかな』と。もう1年いても良かったし、いられる環境だったけど、今年は世界選手権も五輪予選もある。もう個人を伸ばすのではなく、チームを作る時期に入らないといけないかなと感じた」
−−帰国して戦った広州アジア大会は3位。収穫と反省は
「60分動ける体力と集中力をもっと磨かないといけない。(敗れた準決勝の)イラン戦も集中力が足りなかった」
−−世界選手権は前回の2005年チュニジア大会に出場している
「1回戦で、最終的に優勝するスペインと当たったんだけど、世界の壁は高いと感じた。シュートを打とうと跳んだときにゴールが見えなかったりだとか。相手のダイナミックなプレーに驚く自分がいて、それでは勝てない。圧倒されている。勝負ではなく、ただハンドをしにいっていた感じだった。今回はスペインでプレーしていたこともあるし、勝ち負けにこだわりたい。練習でやっていることを、どれだけ貫けるか。なおかつ自然に発揮していけるか」
−−テーマは
「走り勝つしかない。その中でも瞬発系の走りとか、ボールをもらう前の動きだったりが重要になる」
−−代表チームの役割、戦術は
「(ポジションは)フローター全部をやっている。オフェンスはメンバーも動きも流動的で、いろんなパターンがある。ディフェンスは守って速攻。そこで点を取れないときつい。フォーメーションは3パターンくらいある。守り切れれば面白い。大事なのは、みんなで意思を統一すること。速攻に出るときの統一、連携。出るときを察知して、みんな同じ考えを持たないといけない」
−−ロンドン五輪に向けた世界選手権の位置づけは
「僕は五輪予選は3度目。なおかつ年齢も29歳。一番良い時なのかなと。最後の勝負なのかなと感じている。僕の目標は五輪出場だし、ファンの期待も出場、そしてメダル獲得にあると思う。五輪予選まで10カ月の世界選手権で自信をつけられるか。初めて戦うメンバーもいるので、世界の舞台を自分たちのものにしたい。みんなにそう思ってもらいたい。しっかり戦うこと、戦い方を意識したい。攻撃的な守備を出せられるか」
−−過去最高は10位だ
「ひとけた行きたいですね。ベスト8、ベスト4に行きたい」
−−五輪に向けて続けていることはあるか
「納得いくまで練習している。スペインでは自主練習が禁止されていた。『それなら明日しっかりプレーしてくれ』みたいな感じで。だから、スペインに行く前も自主練はしていたけど、今は新鮮な気持ちで取り組めている。あとは、あんまり好きじゃないけど四股とか。チーム(大崎電気)で練習終わりに全員でやっている。バランスに良いらしい」
−−2011年はどんな年にしたいか
「去年は変化の年で、今年は勝負の年。小学3年生から始めて20年近くなるハンドボール人生の勝負の年ですね」
−−ハンドボールのメジャー化については、どう考えるか
「すべては勝つこと。こんな寂しい表現はないけど、勝つことがすべて。それが今のハンドボールのメジャー化につながると信じている」
■世界選手権と五輪切符 男子代表の世界選手権出場は2005年大会以来3大会ぶり12回目。過去最高成績は1970年大会の10位。
ロンドン五輪出場に向けては、この世界選手権で優勝することが最短での決定。次に10〜11月のアジア大陸予選で優勝することが条件。いずれの優勝も逃した場合は、世界選手権で7位以内またはアジア大陸予選2位で、来年4月の世界最終予選に駒を進められる。4チームずつ3組に分かれて争う同予選で、各組上位2位までに入れば、1988年のソウル五輪以来、6大会ぶりの五輪切符を獲得できる。
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